社長挨拶などを書いているとまったく筆が進まない。
当の本人の実感がないのだから、まあ当然だろうと思う。
だからソレは、頃合いをみて、ちゃんと書こうと思う。
今年は出会いの多い一年だった。
まるで何かに導かれるように、出会った。
多くの個人名を挙げたいところだが、
さすがに書くことはできないので、本について書こうと思う。
最近では、義兄に借りた本にとても感動した。
町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』
児童虐待、トランスジェンダー、さまざまな問題を題材にした小説。
本屋大賞第1位!という帯は、読んだ後に見ると、とても滑稽に見えて、
この本の品位を下げている気もする。
でも、多くの人に読まれており、
この帯をつけることでもっと多くの人に読まれるのなら、やっぱり必要なのだろう。
それだけ、多くの人に読んでほしい、と思う本だった。
我々薬局も「善」などというのは簡単にはできないと知っておかなければならない。
私のバイブルである河合隼雄『こころの処方箋』にも
『善は微に入り細にわたって行わねばならない』とある。
ただ良かれと思ってやったことが、
その人やその家族、周りの人々にとっては迷惑になることがある。
だからボランティアなどもとても難しい。
善をするには、その先も見なければいけない。
私たちの『やさしい薬局』という名も、そのような意味を込めてつけた。
“やさしい”とは何か。
人にやさしくするというのは、決して簡単なことではない。
しかしながら、この『52ヘルツのクジラたち』の中にもあるように、
時には無条件に抱きしめることも必要なのだと思う。
他に出会ってよかった本は、朝井リョウ『正欲』という本。これにも衝撃を受けた。
最近映画化されたようだが、残念ながらそれはまだ観ていない。
本当に人というのはさまざまで、いろんな人生がある。
人にはその人だけの歴史があり、心がある。ただマイノリティだと、
やはりまだまだ生きにくい世の中なんだと思う。
これは『52ヘルツのクジラたち』にも共通するところがあった。
また、映画『沈黙の艦隊』を息子と観に行ったものの、
続編がある気配がないので、原作の漫画本を購入した。
自分も読むべきだと思ったし、息子にも読ませるべきだと思った。
30年くらい前に描かれた本。
当時、未来について怖れていたことが、今、まるで予言のように実際に起こっている。
なぜ今、『沈黙の艦隊』が映画化されたのか。
それは映画を観ただけでは決してわからないと思う。原作でいうと序盤で終わってしまうので。
映画を観て興味を持った方は、ぜひ原作を読んでほしいと思う。
そういえば学生の頃、ラーメン屋さんとかお好み焼き屋さんとかトンカツ屋さんとかにいくと、
結構な確率でこの『沈黙の艦隊』の漫画が置いてあった気がする(油にまみれて)。
今思えば、ラーメン屋さんもお好み焼き屋さんもトンカツ屋さんも、
一人一人が政治を、世界情勢を、人間を、しっかり考えていたのだろう。
それと、田坂広志『教養を磨く』という本にしびれた。
あまりにもよかったので、ついたくさん買って友人や同僚に無理矢理あげた。
まさに、これからの時代を生きるためのバイブルと呼べるくらい、私には衝撃だった。
我々薬剤師が、近年、国から何を求められているかご存じだろうか。
「モノ」から「ヒト」へ
それをここ数年、ずっと言われ続けている。
薬を集めるだけ。「モノ」だけでなく、「ヒト」を見なさい、と。
私はそれに対し、ずっと違和感を持っていた。
町の科学者と言われた薬店の薬剤師、医薬分業、調剤薬局を立ち上げる薬剤師、
病院で入院患者さんのために調剤をする薬剤師、
いろんな薬剤師の先輩方がいたが、果たしてそこに「ヒト」は見えていなかったのか。
薬の先に、処方箋の先には、ちゃんと「ヒト」が見えていたのではないか。
今のようなAIやICTもない。
新薬もどんどん世に出ていた時代。
そんな時代に限られたツールを使って必要な情報を抽出し、
患者さんが安全に薬を使えるように、
先輩薬剤師たちは日々勉強し、奮闘してきたのではないか。
それを「モノ」しか扱ってこなかったようにいうのは、大変失礼だと感じる。
『教養を磨く』の中に、「知能」から「知性」へ、という言葉が出てくる。
「知能」は学んで得られる知識であり、「知性」は答えのない問いを考えること。
確かに多くの先輩薬剤師が戦ってきた情報、「知能」は、AIに代わっていくだろう。
そして、これからは「知性」が必要な時代で、これこそまさに薬剤師が本領発揮できることではないだろうか。
「モノ」から「ヒト」へ
ではなく、我々薬剤師もまさに、
「知能」から「知性」へ
なのだと思う。
先輩薬剤師が培ってきた知能を使って、
これからは患者さん一人一人の答えのない問いを考え続けるのが我々薬剤師の使命なのだと思う。
話を戻すが、『52ヘルツのクジラたち』では、
辛いときにクジラの声を聴く、というシーンが何度も出てくる。
実は私も、クジラの声のCDを持っている。
『鯨の詩(うた)』ポール・ウィンター、ポール・ハーレーとざとう鯨
ざとう鯨の「歌」の録音に合わせて、ポール・ハーレーがパイプオルガンを弾き、
ポール・ウィンターがソプラノサックスを吹くのだ。
なんとも幻想的なこのCDを時々思い返したように聴いている。
福岡県西方沖地震のときに自宅の本棚が倒れ、多くのCDケースが破損したが、
このCDは傷がついただけで残った。
自然と人間
つい、我々は分けてしまうが、植物や虫や動物と同じように、
我々人間も自然の産物なのだと思い出させてくれる。
自然の中の、とても小さな存在。
でも、
頼りになる薬剤師が家族に1人いればいい。
頼りになる薬剤師が友達に1人いればいい。
頼りになる薬剤師が近所に1人いればいい。
頼りになる薬剤師が地域に1人いればいい。
そうやって拡がり、多くの人から信頼されてきたのが、父(先代)だったと思う。
そしてこれからも、我々の周りの人たちに対して、
長く短い人生に、我々薬剤師が少しでもお手伝いできれば、と思う。
病気の不安、薬の不安を少しでも和らげることができたら、と思う。
それが“やさしい”薬局であり、私たちの本懐なのだと思う。
令和5年12月 代表取締役社長 勢島英